いぬねこトークのアイコン いぬねこトーク「ねこ育て日誌~町蔵と私~」 

その20. 貰い手さん候補、ご家族を一生懸命説得する

ねこ育て日誌
こんにちは、町蔵です

みなさまこんにちは!
ぼく、このおはなしの「しゅじんこう」の「まちぞう」なの。
「らんざつ」なばしょからしつれいするね!

「ほごぬし」のツタヤは、さっきっから「マウスどこ行った」ってさがしてるんだけど、ここあんまり「らんざつ」だから、ほらあんまりらんざつすぎて、ぼくのうしろあし、どうなってるかわかんないでしょ?
だからぼく、ちょっと「かたづけ」しようと思って、みえないとこに、「わいやれすまうす」ぽーいってやってあげたの。

こんなにしっかりしてきたぼくの「ゆくすえ」がどうなるか、いま「かきょう」なの。よんでみてね!

刻々と知らせて頂く、説得の状況

子猫町蔵を保護して、そろそろ4週間が過ぎようとしていました。このところ、町蔵について問い合わせて下さったY岡さんと、頻繁にメールのやり取りを行っていました。

寝る子は育つ。眠る子猫町蔵

「めいる」おくってるの? ぼくもいっしょに「くりっく」してあげる。ほら、「さゆうどうじくりっく」!

寝る子は育つ。眠る子猫町蔵

「たぶれっとぺん」もつかえば? いまとってあげる。んがっ…って、これなかなかくわえにくいなあ!

Y岡さん自身は町蔵を飼いたいのですが、ご家族のOKが出ないので説得を試み、その状況を報告してくださるのでした。たとえばこんなふうにです。

なかなか家族もはぐらかすのがうまく、話し合いに取り合ってもらえずでしたが、家族が集まると町蔵くんの写真を見せ、目につくところに飾り、(ちなみに飾ったのは母でした!)それから、猫ちゃん5匹と住んでるお友達のお家に母と遊びにも行って猫ちゃんたちと戯れたり、家族に嫌われない程度に説得しているところです。

今日までのところで経過をまた報告させていただくと、父は母次第ということで町蔵くんがY岡家にきても良いと返事をくれました。

あとは母です。いろいろ心配しているんです。
町蔵が来たら私以上にかわいがるんじゃないかというくらい猫が大~好きな人なのですが、まだわからぬ先の先まで心配してしまって困っています。

今は私が家にいるのでいいのですが、仕事が始まったらお世話は母がしなければならなくなるのが大変だとか、私がいずれ将来は結婚して家を出るときにはどうするのか(いい人がいるわけでもないのに心配してくれている(;_;))、などなどです。

いずこも同じ、「お母さん」のスタンス

「ああやっぱり」と私は思いました。「お母さん」のスタンスというのはそうなのです。
うちの場合もまさしく同じです。私が、一緒に暮らしていた黒猫「ち」を実家に連れて行き、兄は、飼っていた亀を実家に連れて行き(それぞれに、理由や事情はあるにしても)、母は、「結局お母さんが世話するんじゃないの!」と、私らが小学生のころと変わらない状況に、嘆息したのでした。

ただ、私は、世話するのが大変になったから、黒猫「ち」を実家に連れて行ったのではありません。
猫は、おとなになれば自立して、そんなに手間のかかるペットではありません。熱帯から連れて来られ、温度管理に気をつけねばならないとか、毎日新鮮な生き餌を与えねばならないとか、そんなふうな、飼育に手間のかかる動物ではありません。
犬のように朝晩の散歩に連れて行くことさえ、必要ないのです。

私も仕事はそれなりに忙しかったのでしたが、一泊二日くらいの出張なら、黒猫「ち」を家の中に残し(もちろん、ドライフードと水と、猫トイレには猫砂をたっぷり用意して)、普通に出かけていました。黒猫「ち」と二人(?)暮らしで、快適(多分「ち」のほうも)に過ごせていたのです。

寝る子は育つ。眠る子猫町蔵

黒猫「ち」と一緒に、季節の花を愛でる、静かで快適な暮らしをしていたのですが…

ではなぜ、「ち」を実家に託したのでしょうか。
そのことをあまり人にしゃべったことはないのですが、それは実は「お見舞い」であったのです。

黒猫「ち」を実家に託したわけ

私の実家は当時、母と、その妹であるおばの二人暮らしでした。私は、5月の連休や盆暮れのような長い休みには、黒猫「ち」をキャリーに入れて実家に連れて行き、一緒に数日間を、のんびりと過ごしていました。

うちはもともとたくさんの猫や犬たちと共に暮らしてきたので、母もおばも「ち」をかわいがりました。特におばは、猫や犬などいきものが大好きで、「ち」が来ると構いたくてしょうがないのでした。「ち」も当時は若くて元気盛り。当家よりずっと広い実家で、当家にはない階段を上り下りして、走り回って遊んでいました。

寝る子は育つ。眠る子猫町蔵

母は掃除をしている途中でも、こんなふうに「ち」にちょっかいを出します。「ホラホラ、はたきよ~」

寝る子は育つ。眠る子猫町蔵

「ち」もはたきが大好きで、さっと振られるとすぐに反応。もー、掃除途中だから、遊ぶと毛並みがほこりまみれになるよ!

そしてある年、私がしばらく実家で過ごし、明日には帰るという晩、走り回る「ち」を見て、おばが何気なく言ったのでした。

「居ると騒々しいけど、居なくなると灯が消えたみたいになるのよね」と。
私は一瞬、胸を衝かれました。母やおばだって、元気に見えてもいつまでも若いわけではありません。世間からすれば、純然たる「高齢者の二人暮らし」です。
口には出さなかったものの、私はややしんみりし、その言葉はずっと頭に残っていたのでした。

そして、数年後のある年、5月の連休の最終日で、やはり明日には帰るという晩、おばが突然倒れたのです。クモ膜下出血でした。早い処置のおかげで、幸い命に別条はなく、数か月の入院を経て実家に戻り、普通に生活できるようになりました。とは言ってもおばは、病気からは回復したものの、倒れる前に比べると、気力はだいぶ落ちてしまいました。
私も足繁く実家に戻るようにしていましたが、仕事もあり、常に実家にいるというわけにいきません。何とかおばを励まそうと考え、そして決断したのが、おばに「ち」をあげる、ということだったのです。

メロンより、黒猫「ち」をお見舞いに

お見舞いのメロンは、食べればなくなってしまっておしまいです。しかし、黒猫「ち」なら、ずっと、毎日、おばを元気づけることができるのです。

そのとき私は、新たにどこかから子猫を貰ってきておばにあげる、ということは考えませんでした。精神的にも弱っているおばには、新たに出会う猫よりも、気心の知れている「ち」のほうがいいと思ったのです。それに子猫は動きがちょこまかしているし小さいから、足元がおぼつかなくなっていて、目も悪くなっているおばが、動きについて行けず転倒したりするのが心配です。「ち」はもう大人であったから、その点でも安心なのでした。
私は「ち」の狭い黒い額に自分の額をくっつけ、「おばちゃんを宜しくな、ち」と頼みました。

私も「ち」を愛していたので、ある意味、掌中の珠を手放すようなものでしたが、それが私にできる、精一杯の「お見舞い」だったのです。

そして実家に行った「ち」は、私が期待した以上の活躍を見せてくれました。
おばは、退院以来、億劫がってあまり動きませんでした。したほうがいいと勧められた階段の上り下りのリハビリも、さぼっています。しかし、「ち」の姿が見えないと、どこの部屋にいるか探して歩くのでした。「リハビリ」での階段昇降はしなくても、「ち」が2階にいるようだと、自ら階段を上がって行ったりするのです。そして、都合のいいことに、「ち」は日によって気まぐれに様々な場所で昼寝を楽しむので、おばも毎日探して歩くことになります。「ち」のおかげで、いいリハビリができるのです。

また、おばは新聞の折り込みチラシを毎日熟読し、スーパーやホームセンターの広告に猫フードや猫グッズが載っていると、「ちにこれを買って来よう」と言います。注意深く文字を読み、情報を吟味をすることは、れっきとした“脳トレ”になります。
そして、お目当てのフードやグッズを買うために、母と連れ立って出かけます。いきおい家にこもりがちになる伯母にとって、外に出るいい動機になるのです。朝晩の散歩に連れていく必要のない「ち」が、何とおばにウォーキングをさせてもいるのでした。

恐るべし、「ち」! 有能な理学療法士顔負けの働きです。

おばちゃんのことはダイジョウブだから任せて!

おばちゃんのことはダイジョウブだから任せて! お昼寝のときは添い寝もしてあげる。手もつないでてあげるのよ。

私は実家に戻るたびに、その黒いつややかな毛並みをなでながら、「お前がいてくれてよかったなあ」と、「ち」に言っているのでした。

飼ってからも、飼う前にも、人を幸せにする猫たち

そんなふうに、猫は人に幸せをもたらしてくれます。

「わらうかどにはふくきたる」んでしょ? どう、このくらいの「わらい」で、「ふく」くるかなあ。ぼく、わらいながら「ばんざい」もしてみたから、もう「かんぺき」だよね!

「わらうかどにはふくきたる」んでしょ? どう、このくらいの「わらい」で、「ふく」くるかなあ。ぼく、わらいながら「ばんざい」もしてみたから、もう「かんぺき」だよね!

まあ、それこそが人が猫を飼う理由なわけですが、なんと、町蔵は、飼う前からY岡さん家に幸せをもたらしているようでした。メールに、こんな言葉があったのです。

今回このお話で、蔦谷さんと町蔵くんのおかげで、家族がミケを失ってからの悲しみからは解放されていることがわかりました。それは本当に嬉しかったですし、とても感謝しています。

そうなのです。幸せをもたらしてくれた猫を、愛すれば愛するほど、別れの悲しみは大きいのです。でも、その悲しみは、時間によって晒されるように、わずかずつであれ、薄らいでいきます。一方、幸せな思い出はよりくっきりしてきて、猫を懐に抱いているときのように、心のうちを温めてくれます。猫は、この世に居なくなっても、飼い主の胸で、永遠に消えないカイロになるのです。

町蔵のことで、Y岡さん家がミケと暮らしたときの幸せを思い出してくれていて、ミケがY岡家の皆さんの胸で「猫カイロ」になっていたら、本当に良かったと思いました。

町蔵、ペットホテルに泊まることになるのか?

Y岡さんのメールは、

これで町蔵くんが家族の一員になれたらと~っても嬉しいのですが、、、あともう少し母と話をしてみます。

と結ばれていました

「いい方たちだなあ。このお宅に益々町蔵を貰ってもらいたくなったなあ」と、モニタでメールソフト画面を見ていた私の目に、別の発信元からの、新しいメールの着信が飛び込んできました。
それを開くと、出張のスケジュールでした。以前から受けていた仕事での九州出張が、その月の31日から2泊3日の日程で決定したのです。

自分で飼うよりも、誰かに貰ってもらったほうが町蔵のためにいい、と思っている一番の原因がこれでした。私はかつて黒猫「ち」と一緒に暮らしていたときより、格段に地方出張が増えていたのです。

さて、私が出張に行くまでに、町蔵の貰われ先が決まるのでしょうか、それとも彼はその間を、ペットホテルのケージの中で過ごすことになるのでしょうか?

「わらうかどにはふくきたる」んでしょ? どう、このくらいの「わらい」で、「ふく」くるかなあ。ぼく、わらいながら「ばんざい」もしてみたから、もう「かんぺき」だよね!

ぼく、「ぺっとほてる」とまるの? そこ、おもしろい?
……って、ああヤメテ! そんな目で見つめないで~!

ケージの中で心細げにちんと座っている町蔵の姿を頭に思い浮かべ、身の置き所のない思いに苛まれていた、そのときの私でした。(続く)

>>その19  「ねこ育て日誌」記事一覧 その21<<


蔦谷K

蔦谷K
http://nekokematsuri.blog.shinobi.jp/

生まれたときから身近に居た「猫」をテーマとして、エッセイ、豆本、ハンドクラフト、写真などを製作・発表。
猫をブラッシングして集めた毛が材料のクラフト「猫毛フェルト」を考案し、作り方を紹介した『猫毛フェルトの本』を2009年に出版。同書は好評を博し、台湾、アメリカでも翻訳出版される。その後「猫毛フェルター」として、各地で作品展『猫毛祭り』やワークショップ、猫毛フェルト指人形劇公演などを延べ50回以上開催。
著書に『猫毛愛』(幻冬舎)『猫毛フェルトの本』『もっと猫毛フェルトの本』(以上飛鳥新社)『猫毛フェルト12カ月』(三才ブックス)など。東京都出身。


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●「猫毛祭りin東京 飯田橋篇」 開催中

猫毛祭りin東京 飯田橋篇

10月はほぼ1月間飯田橋にて猫毛祭りです。 ワークショップも随時開催!

・会期:2016年10月1日(土)~30日(日)
  会期中 月曜休
  火~木 7:30~10:00/11:30~16:00
  金 7:30~10:00/11:30~20:00

・会場:カフェポーポキ
  東京都文京区後楽2‐16‐7
  (飯田橋駅より徒歩約7分)

・詳細はブログ猫毛祭りへ。
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●川崎猫毛フェルト教室 10月「猫毛人形【初級】ハロウィンバージョン」

猫毛祭りin東京 飯田橋篇

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  川崎市幸区堀川町66-20川崎市産業振興会館2階
  (川崎駅西口から約500m)

・お申し込み・お問い合わせ:
  メールで bon-neko@mbi.nifty.com へ必要事項明記にて

・詳細はブログ猫毛祭りへ。
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